はじめに:2020年夏に世界で話題になった「謎の種子事件」
2020年7月、突然中国から「注文していない謎の種子」が郵便で世界中の人々に届く、という前代未聞の事件が発生しました。日本でもSNSやニュースで取り上げられ、多くの人が不安や疑問を感じたのではないでしょうか。
農林水産省は公式サイトを通じて「決して植えず、すぐ通報を」と注意喚起し、自治体や検疫所でも問い合わせが相次ぎました。実際にどのような事件だったのか、その真相や正しい対応について解説します。
事件の経緯:各国で報告された「謎の種子郵送」
この事件は日本だけでなく、アメリカ、イギリス、カナダ、ニュージーランドなど世界中で同時多発的に発生しました。米国農務省(USDA)は50州すべてで同様の通報を受け、英国やカナダでも未注文の種子が届いたというケースが100件以上確認されています。
日本では2020年7月下旬から「中国から謎の種子が届いた」という報告がSNSや自治体に寄せられ、NHKや新聞各紙も取り上げました。農林水産省も公式サイトやSNSで「絶対に植えないでください」「自治体や最寄りの植物防疫所に連絡を」と呼びかけました。
種子の小包には「ジュエリー」「おもちゃ」など種子と無関係な品名が記載されている場合も多く、受け取った人が開封して驚くケースも少なくありませんでした。
SNSで拡散した「バイカルハナウドの種子」説の発端
この事件が世間に広まり始めると同時に、SNSやインターネット上で「中国から送られてくるのはバイカルハナウド(ジャイアント・ホグウィード)の種ではないか?」という噂が急速に拡散しました。
「バイカルハナウド」は北米やヨーロッパで「世界一危険な毒草」として有名な外来植物です。4メートル以上にも成長し、葉や茎の樹液に触れると強い光線過敏症を起こし、皮膚炎や失明のリスクもあるという恐ろしい性質を持っています。
「こんなものが各国にばら撒かれているのでは?」という不安や憶測が一気にSNSで拡がり、
中には火傷した皮膚や巨大な植物の画像とともに「これが中国から届いた種の正体だ」と不安を煽る投稿も見られました。
実際の調査結果:「バイカルハナウド」ではなかった!
では、実際に送られてきた種子は何だったのでしょうか?
各国の政府機関や専門家が徹底的に調査を行った結果、「バイカルハナウドの種子だった」という事実は一切確認されませんでした。
米国農務省(USDA)の調査
USDAは2020年7月29日、回収した種子の調査結果を公表。
アサガオ、キャベツ、ミント、セージ、ハイビスカス、ラベンダー、バラなど、ごく一般的な園芸用や作物用の種子ばかりであり、有害な植物やバイカルハナウドは含まれていなかったと明言しました。
日本植物分類学会による検証
日本植物分類学会は、報道に使われた種子の写真についても「コリアンダー(パクチー)などの可能性が高く、バイカルハナウドの特徴はない」と結論付けています。
バイカルハナウド属の種子は扁平で独特の模様や翼があり、報道写真の丸い種子とは明らかに異なるという詳細な解説も出しています。
カナダ食品検査庁の分析
カナダ食品検査庁も「園芸作物の種子が多く、侵略的外来種や有害植物が含まれている証拠はない」と説明しています。
「バイカルハナウドの種子」デマが拡散した背景
このようなデマが広まった背景には、日本の匿名掲示板やSNSでの「米国人がそう言っていたらしい」という書き込みや、まとめサイトなどの拡散があります。
さらに、「最強の毒草」「外来生物テロ」など刺激的なワードが広まりやすいインターネットの特性も、デマ拡散を後押ししました。
一部の投稿では、「謎の種子=バイカルハナウド」という説が海外メディアや台湾のSNSにも飛び火し、真実のように伝えられたケースもありました。
デマの拡散経緯や詳細は下記のまとめ記事が詳しいので、ご興味のある方は参考にしてみてください。
バイカルハナウド(ジャイアントホグウィード)ってどんな植物?(基礎知識)
ここで改めて「バイカルハナウド(ジャイアント・ホグウィード)」について簡単にまとめておきます。
- 学名:Heracleum mantegazzianum
- 原産地:コーカサス地方
- 特徴:4メートル以上に成長する大型多年草。白い傘状の花が特徴。
- 毒性:葉や茎の樹液が皮膚に付着し、日光に当たると重度の火傷を起こす「光線過敏症」を発症。最悪の場合は失明や瘢痕が残るケースも。
- 欧米での問題:外来種として定着、在来植物の駆逐や人への健康被害が深刻。駆除が義務化されている地域も多い。
日本国内では長らく生育例がありませんでしたが、2025年に北海道大学構内で初めて生育株が発見され、大きなニュースになりました。
謎の種子郵送事件の真相――本当の目的は?
各国の農業当局や報道機関の調査によると、
中国から郵送されたこれらの種子は「生物テロ」「有毒植物のばらまき」などではなく、主にネット通販業者による「ブラッシング詐欺」の一環と考えられています。
「ブラッシング詐欺」とは、通販サイトで注文を装って商品を無差別に発送し、偽の購入実績やレビュー評価を稼ぐ手口です。
送り先の住所や名前は名簿流出などで入手したものとされ、種子自体には特に意味がありません。
こうした種子小包には「ジュエリー」「イヤホン」などと虚偽の品名が書かれていることも多く、開封して初めて「謎の種」と気付くケースも相次いでいました。
正しい対応:不審な種が届いたら
農林水産省や各国政府は、不審な種子が届いた場合の正しい対応を次のように呼びかけています。
- 絶対に植えない・開封しない
- 勝手に廃棄せず、農水省や最寄りの植物防疫所に連絡する
- SNSやネット情報ではなく、公的機関・専門家の発表を必ず確認する
農水省公式サイトに連絡先や注意点が詳しくまとめられていますので、万一届いた場合はすぐに相談してください。
まとめ:デマや不安に惑わされないために
「中国から届いた謎の種子がバイカルハナウドの種だった」という噂は、
公式機関や専門家による調査・検証で完全なデマであることが明らかになっています。
不審な郵送物が届いた場合は、
- 「決して植えない」「勝手に捨てない」
- 必ず公式窓口に相談
- SNSの不安情報には冷静なファクトチェックを
を徹底し、根拠のない噂や不安に振り回されないよう注意しましょう。
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