1. 海綿とは?~一見地味でも世界を変えた生物
「海綿(かいめん)」と聞いて、どんな姿を思い浮かべるでしょうか?多くの人は、お風呂で使う“スポンジ”や、水族館の水槽の隅にひっそりと佇む奇妙な形の生物を想像するかもしれません。
しかし、実はこの海綿こそ、約6億年前から地球に生きる「最古の動物」とも言われている、非常に興味深い生き物なのです。
海綿は動物でありながら、筋肉や神経、内臓を持たず、まるで植物のように見えます。しかし、海中で水をろ過しながら生きる特殊なシステムを備え、他の生物とは一線を画す存在です。
その形態や生態、さらには医薬品やバイオテクノロジー分野での応用まで、いま世界中で「ホットな話題」として研究が進んでいます。
2. 海綿の基本プロフィール
- 学名:Porifera(ポリフェラ)
- 和名:海綿動物(かいめんどうぶつ)
- 分布:世界中の海(淡水にも少数生息)
- 種類:既知種で9000種以上、2025年には新たな海洋調査で多数の未記載種が発見されています[1][2]
- 体の特徴:柔らかいものから硬いものまで多様。孔(あな)が多数あき、水流を生かして餌を取り込む
「動物」と「植物」のはざまで
海綿は植物のように動かず、根もないのに岩や海底に張り付いて生息します。しかし、細胞の仕組みや生殖方法、進化の起源などをみると間違いなく「動物」。この曖昧さこそ、海綿の最大の面白さです。
3. “癒し系”ともいえる生態
ほとんど動かない、でも“生きている”
海綿は移動能力を持たず、一度定着するとその場で一生を過ごします。
外敵からの防御は、毒素やトゲのある骨片(骨針)などによる化学的な防御。
その姿は、水の流れに身を任せ、静かに時を過ごす“癒し系生物”として人気があります。
ろ過フィルターとしての能力
海綿は体表の小さな孔(ポア)から水を取り入れ、内側で濾過してプランクトンや微生物などを食べています。
1日に自分の体積の数万倍もの水をろ過する能力があり、サンゴ礁や沿岸の水質浄化にも一役買っています[3]。
4. 最新研究で注目される“スーパーパワー”
再生力の驚異
海綿は細かく切っても元通りに再生するという、驚異的な再生能力を持ちます。細胞一つ一つが“万能細胞”のような働きをしており、現代の再生医療やバイオ工学に応用され始めています[4]。
新種の発見ラッシュ
2025年の「海洋センサス」では、これまで未記載だった新種の海綿が多数発見されました。深海や未踏の海域には、まだ人類が知らない形態・性質の海綿が無数に存在しています[2]。
医薬品・バイオ技術の宝庫
海綿からは、がん治療薬や抗ウイルス物質、新規抗生物質など“医薬品候補”となる成分が多数見つかっています。
特に「ディスコデミン」などの抗腫瘍活性を持つ化合物は、世界中の製薬会社や大学で競って研究されています[5][6]。
5. 海綿の進化と“動物の起源”を巡る謎
動物の進化史のキーパーソン
最新のゲノム解析では、「海綿が最古の動物である」とする説が有力視されています。人間を含むすべての動物の“祖先”に、海綿のような形態があった可能性が高いのです[7]。
シンプルさの奥に潜む複雑さ
神経も筋肉もないはずの海綿ですが、最近の研究では「化学信号による細胞間コミュニケーション」や「光受容タンパク質のような構造」も発見されてきました。
見た目のシンプルさからは想像できないほど、奥深い進化のドラマが隠されています。
6. 海綿を身近に感じる豆知識
- 市販の「天然スポンジ」は、本物の海綿から作られることも多いです(特に地中海産の「ヒトエグサ海綿」)。
- 沖縄の海でも「カイメン漁」が伝統的に行われてきました。色や形の美しさから、お土産や装飾品としても人気です。
- 海綿は「水槽の掃除屋」としても重宝されます。水質を浄化し、他の生物との共生関係を築く例も知られています。
7. なぜ今、海綿が“ホット”なのか?
気候変動・深海開発の最前線
海洋温暖化や深海資源の開発が進む中、新たな環境ストレスにどのように適応しているかが世界的な注目を集めています。海綿のゲノム解析や生態観測は、地球環境の変化を知る“センサー”にもなっています[8]。
生物多様性保全と新産業の融合
海綿由来の生理活性物質は、サステナブルな産業素材やバイオ医薬品としても期待されています。過剰採取や生息地破壊のリスクが懸念される一方で、人工培養や遺伝子編集技術の導入も検討されています[9]。
8. まとめ~「静かなる革命児」カイメンの未来
見た目は“地味”ですが、地球生命史の最前線に立つ「海綿」。再生力・環境適応力・医薬的価値と、現代科学の最先端テーマが詰まった生物です。
日常生活の中でも、バススポンジやインテリア、アクアリウムなど、思ったより身近な存在。
今後も新種発見や新しい機能の解明が続くことで、「癒し」と「未来産業」をつなぐキーパーソンとなるでしょう。
参考・情報源
- The Ocean Census Discovers Over 800 New Marine Species
- 海洋センサス公式サイト (Ocean Census)
- NHKサイエンスZERO「新しい生態系の主役」
- Funayama, N. (2010). “The stem cell system in demosponges: Insights into the origin of somatic stem cells.” Development, Growth & Differentiation 52(1): 1-14.
- JST「海綿から得られる医薬品」
- Sipkema, D. et al. (2011). “Marine sponges as pharmacy.” Marine Biotechnology 13(1): 1-8.
- King, N. et al. (2008). “The genome of the choanoflagellate Monosiga brevicollis and the origin of metazoans.” Nature 451(7180): 783-788.
- Bell, J. J., et al. (2013). “Climate change alterations to ecosystem processes in shallow marine ecosystems: The role of sponges.” Global Change Biology 19(3): 784-795.
- バイオ産業の新展開:日経バイオテク
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